8月座楽会「佐久間象山について」

象山記念館視察

  • 講演:「佐久間象山について」
  • 講師:長野市立博物館 学芸員 原田和彦氏
  • 日時:平成22年8月25日(水)午後3時30分~
  • 場所:視察=象山記念館
    講演=長野商工会議所松代支所
    夕食=梅田屋
  • 出席者:19名(※事務局3名含)

佐久間象山

文化8年(1811)~元治元年(1864)

松代藩士の佐久間国善(くによし)の長男として、松代町浦町(有楽(うら)町)に生まれる。幼名啓之助。少年時代から秀才の誉れ高く、天保4年(1833)江戸に出て佐藤一斎に学び、渡辺華山・藤田東湖などと親交を深めた。同13年、藩主真田幸貫が老中海防掛となると、顧問として海外の事情を研究した。

弘化元年(1844)黒川良安と蘭学・漢学の交換教授を行い、オランダの百科事典などによって洋学の知識を身につけた。その後、嘉永3年(1850)深川の藩邸で砲学の教授を始め、勝海舟・橋本左内ら多くの人材を集めた。同6年門人吉田松陰のアメリカ密航未遂事件に連座し、松代に蟄居を命じられた。文久2年(1862)蟄居を許され、将軍家茂の命により元治元年(1864)上洛、公武合体・開国佐幕を説いて活躍中、7月11日三条木屋町で尊王攘夷派に暗殺された。時に54歳。
諱(いみな)は啓(ひらき)。通称を修理。号を象山・子明。法名を清光院仁啓守心居士。
(以上、象山記念館資料から)

現在エコール・ド・まつしろ2010が開催されている松代。
その松代出身の偉人「佐久間象山」を知ろう!と企画された今回の座学会には、女性会からの参加もいただき、充実した内容の勉強会となりました。

DSC_0001.jpg 象山記念館で、象山の生い立ちから暗殺までをアニメのビデオを見ながら勉強 
DSC_0002.jpg 原田先生の解説を聞きながら館内を見学
DSC_0009.jpg 高義亭(こうぎてい)-象山が吉田松陰密航の罪に連座して松代に蟄居を命じられた時の住居-長野市指定文化財
DSC_0011.jpg 象山記念館、象山神社見学・参拝のあと、会場を長野商工会議所松代支所に移し、原田先生に「佐久間象山について」と題して、講演を頂いた。

以下、レジュメから抜粋。

  1. なぜいま佐久間象山なのか
    幕末の先覚者
    1. 吉田松陰と佐久間象山
    2. 吉田松陰と北山安世(萩)
  2. 象山は「しょうざん」「ぞうざん」か?
  3. 佐久間象山にかかわる研究
    1. 思想家としての象山 → 「東洋道徳、西洋芸術」
    2. 科学者としての佐久間象山
    3. 教育者としての佐久間象山
    4. 書家としての佐久間象山
  4. 佐久間象山の素顔・思いつくまま
    1. 時代の要請に応じた人物
    2. 書家としての顔
    3. 象山になぜ弟子が多いのか
    4. 象山暗殺後
    5. いつ現れた「電信発祥遺跡」
  5. 京都大学附属図書館の佐久間象山関連資料
    1. 研究史
    2. これら、伝来の経緯
    3. 北沢正誠(まさなり)と佐久間象山
  6. まとめ
    • 日本の近代化の先駆的な象山
      象山の行為は、近代化に関する事項がほとんど
    • 松代への思い 「象山記」
      少子高齢化、若者のふるさと離れの現状。象山はいつも松代を思っていた。