名古屋視察研修実施

平成21年11月6日(金)

視察研修で名古屋市へ

研修行程

あつた蓬菜軒秋晴れの11月6日(金)、岩野代表幹事はじめ会員7名と事務局田幸氏の総勢8名で、名古屋市内にあるトヨタテクノミュージアムとノリタケの森の二ヶ所を中心に視察研修を実施しました。
特急しなので名古屋までは相変わらず3時間。昼食会場の「あつた蓬菜軒神宮南門店」には11時30分に到着しましたが、この店は本店も含め、休日は2時間以上待ち、平日でも長蛇の列とのことで、2階は予約だけで満員になるそうでこの日も例外ではなく一階の控え室もほぼ満員。登録商標の「名物ひつまぶし」は評判どおりで、ご飯の間にもうなぎが入っていることもあって、見た目よりもボリュームがあり、全員満足。それにしてもすごい人気です。

熱田神宮次は、昔から「熱田さん」と呼ばれ、親しまれている熱田神宮参拝。参拝の人々は、年間650万人を数える。年間60回の祭典と約10回の特殊神事が今に伝えられており、大半の祭典が、産業と民生に深い関係がある、ということでみんなの幸せと社業発展を祈り合わせた手にも力が入ったことでしょう。

 

日本で一番狭い踏み切りトヨタテクノミュージアムへの移動は電車で。名鉄神宮前駅では、日本で一番狭い踏み切りをホームから見学。これは平行しているJR東海道本線との関係で、遮断機が降りて、本当に取り残されたら大変なことになってしまいます。今も遮断機は人間の手で操作されているのでそんな事故は起きないと思いますが...。10分ほどで栄生駅に到着。

 

産業技術記念館(トヨタテクノミュージアム)

「研究と創造の精神とモノづくりの心に 出会う、知る、体験する。」をコンセプトにトヨタグループ13社が発祥の地である旧豊田紡織本社工場跡に残されていた建物を貴重な産業遺産として生かしながら設立されたもので、自動織機を発明した豊田佐吉と、自動車作りに生涯をかけたその長男、豊田喜一郎の情熱が伝わる展示館です。(詳細は参加者の報告書をご覧ください)
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ノリタケの森

「美しく精緻な磁器を日本でつくりたい」
幕末の動乱期、御用商人だった森村市左衛門の熱い思いのもとに、ノリタケは誕生し、一枚のディナー皿からノリタケの歴史は始まりました。
以来この場所で、変わらぬ理念のもとに、人々の心を豊かにする食器を作り続け、世界中で愛されているノリタケブランドのものづくりの基本を紹介しています。社名の「ノリタケ」はこの地の名称「則武」からのもので、確固たる理念と地域に密着した企業姿勢が如実に現れています。(詳細は参加者の報告書をご覧ください)
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早めに夕食を済ませ、名古屋から長野へ。
産業技術記念館とノリタケの森は、共にモノを作り上げる熱意と執念が実を結び、世界中に認知され、発展を続け、さらに地域にも大きな貢献をし続けている企業の視察研修でした。
モノづくりの原点を知ることで、参加された皆さんも大きな収穫があったものと推察いたします。お疲れ様でした。(今回の視察先を提案していただいた和田社長に感謝いたします)

楽しかったですよ!研修会

岩野 彰(代表幹事)

ここ2年、イタリアへ!!という、メンバーの強い思いも、荒れ狂う不況の嵐の中に飲み込まれ、とりあえず「頓挫」
それでも、向上心に燃えるメンバーが話し合い、異業種交流研究会の今回の研修旅行は近くて遠い名古屋。
よい研修をするためには「食事!」ということで、名物『ひつまぶし』「ひまつぶし~~」なんて言う御仁もいましたが、美味しく頂いて・・・・。

DSC01979.JPGトヨタテクノミュージアム!織機の変遷から、自動車の変遷まで、かつての木造の工場を再現し、仕事に携わる人々の姿も人形で再現され、テーマパークのような空間で驚きの連続でした。人間の知恵の素晴らしさ、モノづくりを熱い思いで進めていたトヨタの社員の思いがひしひしと伝わってきました。
このミュージアムから徒歩、10分程度の場所にある「ノリタケの森」が市民に開放された美しい公園と共に私たちを迎えてくれました。ノリタケの誇る、美しい陶器、かつての窯の跡、この趣旨に賛同し公園つくりのために寄付をされた人々の名前が記された、陶器の皿状の銘板、ちょっぴり洒落たカフェ等々、時の過ぎるのを忘れました。

たった、一日の慌ただしい研修旅行でしたが、先人の物つくりへの情熱と、豪胆さに触れることの出来た素敵な一日でした。
HPで読まれるであろう、貴方!!!ぜひ、ぜひ、訪れて、体感をしてください。
異業種交流研究会に入っていない、貴方!!!ぜひ、ぜひ、入会して素敵な時間を共有しましょう!
楽しい、研修会を企画してくれた、古旗さんありがとう。
参加してくれたメンバーの皆さん、ありがとう。参加者はおじさんばかりなのに、いやな顔せずに随行してくれた事務局の田幸さん本当にありがとう!!

視察報告書

浅野盛男

視察日 平成21年11月6日
視察先 トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館
ノリタケの森 ノリタケミュージアム・クラフトセンター他

産業技術記念館(トヨタテクノミュージアム)

名古屋市西区のこの地は日本を代表する世界企業、トヨタ自動車工業の誕生した記念の地です。豊田佐吉が自動織機を開発するための実験工場を築いた地であり、旧豊田紡績㈱の本社工場です。またここは、豊田自動織機製作所やトヨタ自動車工業の設立総会が開催された記念すべき工場とのことです。トヨタグループの十数社が協同して、大正時代の赤レンガ造りの工場建屋を産業遺産として生かしてこの産業技術記念館を設立したものです。

2mの環状織機近年の生産活動の高度化で、一般に物づくりを見ることが出来なくなっています。ここは繊維機械と自動車産業の技術の変遷を見ることが出来、先人たる者の大変な苦労と知恵を擬似体験できる、とても有意義な施設でした。
記念館は繊維機械館と自動車館(1・2階)などで構成されていました。

展示場入口のエントランスロビーには、直径が2mもある筒状の織物を作る環状織機が展示運転していました。コンピュータ制御が考案される前の時代の織機ですから、リンクメカニズムの素晴らしさに感動しました。

繊維機械館

大正・昭和時代の初期からの、紡ぎと織りの作業に使われた道具と機械が沢山展示されています。加えて、現代のメカトロ装置による繊維機械がおよそ90台展示されていて、繊維機械の進歩の様子が大変に良くわかりました。中にはオペレータによる実演で実際に布を織っていて、ガチャガチャとさわがしい騒音が織物工場の実際を実感させてくれました。

西洋紡織技術の導入により、以来100年の近代化技術の歩みは目を見張るものがあり、一方で日本の独創的技術であるガラ紡機による糸作りの技術は、以外にも長野県の技術者(臥雲辰致)による発明で、古来は水力で、現在では勿論、動力駆動で稼動しています。

自動車館

ここは、歴代のトヨタ車がまばゆい光の中に展示されている展示館ではありません。トヨタが自動車というものを開発し生産するために、まず材料試験室を開いて鉄の研究をした。鉄鋼材・鋼板をはじめ自動車を構成する各種の材料(素材)の研究と試験が行われ、外国車の部材の分析・分解も行われた。また外部から購入する材料に検査基準を設けて規格化することで、品質を高めるための活動を行い、これに要した各種の試験機が当時の姿で展示されている。

試作工場を再現したエリアでは原寸木型に合わせて、技術者(マネキン)がハンマーで鉄板を手叩きにより成型する様子が見られた。

自動車の仕組みと構成部品のエリアには、エンジンの変遷が見て取れ、低騒音化・小型軽量化・低燃費化など開発が時代のニーズに合わせて行われてきたことを学習できた。トランスミッション、サスペンション、ブレーキ、タイヤホイール、ボディ構造、自動車ガラス、ヘッドランプなど自動車を構成する要素についても、開発の過程が展示されていた。

自動車生産技術のエリアでは昭和10年代の最初の組立工場が再現されていた。

昭和30年代以降の生産技術の変遷にはめざましい変革がみてとれ、殊に昭和40年代以降の鍛造技術と機械加工、ロボット化溶接などは飛躍的な発展が見られた。

化成品成型技術の変遷では新しい樹脂の開発を誘いながら、軽量化と造形性を高めてきた経緯を見ることが出来て大変に有意義でした。

生産過程に異常が発生したら自動的にラインを停止することで、不良品を作り続けないこと。必要な部品は必要な数だけタイムリーに供給することで、遅滞無く生産すること。結果として、良い製品を短時間で作るこの方式が有名なトヨタ生産方式です。これについても丁寧な解説展示がありました。

豊田佐吉豊田喜一郎


自動車が国内生産を開始してまだ60年ですが、世界を凌駕するまでに成長したトヨタの強い開発力のようなものに触れることが出来て感動をおぼえました。自動車は非常に底辺が広い産業ですので、力強く国内景気を牽引して欲しいものです。


ノリタケの森

豊かな木々と広場に囲まれたクラフトセンターとミュージアム・ギャラリーなどの文化施設にビオトープもある広大面積の文化施設です。先のトヨタテクノミュージアムから程近い場所に市民が自由に憩え、文化に触れることが出来るこの施設は一部の施設を除いて市民に無償で提供されています。

ノリタケカンパニーは明治9年の創業ですが、創業者が1889年パリ万博で西洋の美しい陶器を見て洋食器を創業したといいます。施設内には絵付けされた美しい洋食器を沢山見ることが出来て目の保養になりましたが、この産業から派生した様々な技術がそれぞれに立派な産業として独立していることに感動しました。

それまでは自社の陶器工場のために内製していたセラミック砥石を工業用研磨砥石として製品化し、ダイヤモンド砥石・研磨布紙などの工業機材事業を拡大独立企業としている。また、食器の絵付けに使用していた転写印刷技術は電子部品の製造に活用され、セラミックの製造に欠かせない焼成や乾燥の技術はエンジニアリング装置として電子部品や電池材料の生産工程に販路を作り出している。TOTO・日本ガイシ・NGK・大倉陶器など一流の企業が派生したものだとは大変な驚きでした。

食器加飾技術があるのは勿論のこと、太陽電池製造関連技術、砥粒研磨技術と工具開発、セラミックガス分離膜、触媒、医療分野にまでその技術が多岐にわたっていました。先日の新聞に2012年にノリタケカンパニーが中国に研磨砥石とダイヤモンド工具の工場を建設するとのニュースがありました。10年末にはタイ工場を稼動させる予定。国内のトップ企業がまた海外へ躍進で誇らしいことですが、一方で国内の生産規模は縮小とあるのは少し残念です。

地域貢献とか企業市民、そして地域の皆様に・・・・こんなポリシーがよく合うビッグな企業だと感じました。

名古屋研修に参加して

飯田 重光

11月とは思えない温かい名古屋。
今回、豊田佐吉氏の自動織機から始まり、世界の「トヨタ」に上り詰めたルーツをたどる研修旅行に参加させていただきました。
DSC01984.JPGトヨタテクノミュージアム(産業技術記念館)で上映されていたDVDで知った事ですが、佐吉氏が息子喜一郎氏に特許料として入った、当時の金額で約300万円を資本増強に与え、自動車開発に自由に使わせたそうだ。
佐吉氏の「風をよむ力」「喜一郎氏に対する信頼」そして「決断力」を勉強させていただきました。
あのときの300万円が無かったら、今頃世界のトヨタは無かったかもしれない。
トヨタの・世界の自動車産業界のターニングポイントだったのか?

足元にも及びませんが、私も「真剣に・誠実に」少しでもまねができるように努力したいと思いました。

視察報告書

江口光雄

長野駅を8時11分発の特急しなのにて、名古屋にむかいました。

昼食会場である「名物ひつまぶしの『あつた蓬莱軒』」。最初12時に予約をいれたところ、予約時間は11時30分からの一時間単位での受け付けとのこと。かなり、強気な商売をされているものだと感じました。この時代に繁盛している店はどのような店なのか大変興味を持ちました。

我々が到着した11時30分にはまだ席は空いていましたが、途中12時前には、満席になっていました。熱田神宮の入り口のため、観光客の団体が多いようです。

熱田神宮熱田神宮はこの時期、七五三のお参りのようで大勢の子供たちが両親と一緒に来ていました。

このあと、トヨタテクノミュージアムとノリタケの森を見学しましたが、名古屋の見所はこの他に、名古屋城、徳川美術館などのようです。

我々は、トヨタテクノミュージアムを見学し、豊田佐吉の紡績の真髄と喜一郎の自動車への夢をいかに実現していくかと言う、原点に触れることができました。学生、若者、年配者と幅広い見学者が訪れていました。事業をはじめるに当たり、いかに、実現をしていくか。大変に参考になりました。

ノリタケの森は、日本陶器のころの歴史からノリタケになったころの時代背景など、製品の時代を知ることができました。敷地内にあるアウトレットの製品は、あまり安いとは思いませんでした。デザインなど買うようなものは少ないと思いました。安いものよりも、ブランドのイメージを作ることを優先していたのでしょう。

特に、当社の場合は、商品の知識を得るためには大変勉強になる場所でした。次回は社員を連れて、勉強に来なければと思いました。

平成21年度 長野商工会議所 異業種交流研究会 視察研修報告書

和田直士

『障子を開けてみよ。外は広いぞ。』

天高く澄み渡る青空の下、トヨタ産業記念館とノリタケの森を視察する研修に参加させて頂き、誠に有難うございました。

トヨタ産業記念館では、織機と自動車の展示館を見学した後、ライブラリーで豊田佐吉が織機の改良を成し遂げるビデオと、豊田喜一郎が乗用車産業を起こすまでのビデオを鑑賞いたしました。二人に共通するのは、夢を実現させる執念を持ち、且つあくなき創造力で具体的に技術開発に取り組んだところではないでしょうか。

また、若いうちに内国勧業博覧会を見学して世の中の見聞を広めたり、壁に突き当たると海外に出かけ、技術動向をつぶさに見学することで、自己の技術の優位性やクリアしなければいけない課題を発見するなど、簡単に諦めることなく「改善の継続」をひたすら循させていることに驚きを覚えました。

一方で、女工の労働条件の法規制(時間短縮・深夜労働の禁止等々)が迫る中での織機の改良、国産乗用車メーカー数の規制法施行前にメーカーとしての地位確立など、変化する時代背景に起因する法改正にも敏感に対応しており、発明や技術の改良にひたすら専念しただけではなく、事業として確立させる目標が根底にあったことも見逃せない共通点であると思います。

豊田親子の創業に先駆けて、森村市左衛門が明治9年に貿易商社を設立し、その後ノリタケ設立に至ったことを考えると、この名古屋エリアの風土は、佐吉が喜一郎に言った『障子を開けてみよ。外は広いぞ。』の一言に表されていると感じます。

往復6時間の列車の中も、会員の皆様と意見交換をしながらの大変有意義な1日でした。岩野代表幹事を始め、関係各位に心より御礼申し上げます。有難うございました。

ノリタケの森に残る明治時代創業時の工場の巨大煙突
ノリタケの森に残る明治時代創業時の工場の巨大煙突

視察報告書

和瀬田克二

目的 

平成21年度事業活動の一環として、「熱田神宮」「トヨタテクノミュージアム産業技術記念館」「ノリタケの森」を中心にした視察研修。

熱田神宮

素盞嗚尊(すさのおのみこと)がヤマタノオロチ退治の時に得たと言われる草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代(みたましろ)として熱田大神をお祀りしています。

トヨタテクノミュージアム産業技術記念館

トヨタグループ13社が共同して、旧豊田紡績本社工場跡に残された建物を産業遺産として生かしながら設立したものです。紡績機械と自動車の製造を基にしてできたトヨタグループが、「研究と創造」と「モノづくり」を理解していただこうとして設立した記念館です。

ノリタケの森

㈱ノリタケカンパニーリミテドにより創業100周年の記念事業として、公園・レストラン・ミュージアム・など陶磁器に関する複合施設「ノリタケの森」を設立。

感想

熱田神宮

今年10月に改修・改築工事を終えたばかりだそうなので見た目の古さこそ感じませんでしたが、私が言うのもなんですが霊験あらたかなお宮でした。(格段に願い事が叶いそうな気になりました。)

トヨタテクノミュージアム産業技術記念館

トヨタテクノミュージアム産業技術記念館大別して「繊維機械館」と「自動車館」がありますが、まず入館してすぐのエントランスロビーにある「環状織機」の巨大さに驚かされます。そして繊維機械館に入ると人類が糸車を使い綿から糸をつむぐ所から始まり、産業革命以後活躍した多くの織機、そしてデジタル画像の絵のままに織り上げる最新の自動機まで、織機の歴史を学ぶことができました。無数にある織機がデモで動き出す様はまさに圧巻でした。

続いての自動車館では、自動車の仕組みと構成部品がパーツ毎かつ年代毎かつ、デモやカットモデルや映像を駆使しての説明で非常に分かりやすく、創業から現代までの技術の歩みを見るだけでなく触って・感じて・体験できるとてもいい記念館でした。

ノリタケの森

こちらも「モノづくり」に対する技術(姿勢)を磨きあげたからこその伝統や芸術を感じる事ができました。とてもすばらしい高級食器や陶磁器の数々に目を奪われてしまいました。

ノリタケの森